大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

宇都宮地方裁判所栃木支部 平成6年(ワ)24号 判決

原告(平成五年(ワ)第一九二号事件) 有限会社星友

右代表者代表取締役 星山寅雄

原告(平成六年(ワ)第二四号事件)亡筑比地幸二郎訴訟承継人 筑比地幸子

原告ら訴訟代理人弁護士 増渕博史

同 新江進

同 木村博貴

同 伊藤一

同 伊澤正之

同 荒井雅彦

同 横山幸子

同 岩崎三郎

被告 甲野一郎

同 乙川春夫

被告ら訴訟代理人弁護士 梅澤錦治

主文

一  被告らは、原告有限会社星友に対し、各自金四六三万四九七二円及び内金四二一万四九七二円に対する平成五年五月七日から支払い済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告らは、原告亡筑比地幸二郎訴訟承継人筑比地幸子に対し、各自金三〇九万八八四二円及び内金二八一万八八四二円に対する平成五年五月七日から支払い済みまで年五分の割合による金員を支払え。

三  原告らのその余の請求を棄却する。

四  訴訟費用はこれを一〇〇分し、その一三を原告有限会社星友の、その二を原告筑比地幸子の、その余を被告らの各負担とする。

五  この判決は、第一項及び第二項につき仮に執行することができる。

事実及び理由

(以下、原告有限会社星友を「原告星友」と、亡筑比地幸二郎を「亡筑比地」と、原告亡筑比地幸二郎訴訟承継人筑比地幸子を「原告筑比地」と、被告甲野一郎を「被告甲野」と、被告乙川春夫を「被告乙川」と、原告有限会社星友代表者代表取締役星山寅雄を「星山」と各略称する。)

第一事案の概要

本件は、○○会××会A一家甲野組の組員である被告乙川が、原告星友の代表者である星山において同被告による「みかじめ料」の要求に応じなかったことから、平成五年五月七日午前三時五五分頃、同原告の経営するパチンコ店の店舗建物に同被告運転にかかる普通乗用自動車を故意に激突させたり、同店舗内においてパチンコ遊技用椅子等をパチンコ遊技機等に投げ付けたりなどして、星山が亡筑比地から賃借し原告星友をしてパチンコ店の営業をさせている原告筑比地所有にかかる建物、及び原告星友所有のパチンコ遊技機等を損壊した不法行為について、原告らから、被告乙川に対しては民法七〇九条の不法行為に基づく損害賠償請求を、右甲野組の組長である被告甲野に対しては民法七一五条の使用者責任に基づく損害賠償請求をした事案である。

第二請求の趣旨

一  被告らは、原告星友に対し、各自金五八五万〇〇九四円及び内金五三五万〇〇九四円に対する平成五年五月七日から支払い済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告らは、原告筑比地に対し、各自金三三一万八八四二円及び内金二八一万八八四二円に対する平成五年五月七日から支払い済みまで年五分の割合による金員を支払え。

三  訴訟費用は被告らの負担とする。

四  仮執行の宣言

第三当事者間に争いのない事実

一  被告らの立場

1  被告甲野は、佐野市、下都賀郡藤岡町及び岩舟町を縄張として活動する○○会××会A一家甲野組の組長であって、甲野組の最高責任者である。

2  被告乙川は、右甲野組の構成員(組員)であって、佐野市内に存する甲野組の本部事務所責任者の地位にある。

二  被告乙川の不法行為に至る経緯

1  被告乙川は、平成三年一一月頃、前記藤岡町内の地廻り中、かって同町大字藤岡〈番地略〉で営業されていたパチンコ店「モナミ」の内装工事が行われているところから、同店が新たな経営者によって新規開店されることを知った。

2  そこで、被告乙川は、新たな経営者から「みかじめ料」(用心棒代)を徴収しようと考えて、右「モナミ」の後にパチンコ店「パチンコ七福」を新規開店した原告星友の代表取締役星山に面談し、「甲野組本部事務所責任者乙川春夫」との記載のある名刺を示したうえ、「みかじめ料」の要求をした。

3  星山は、当初はその支払いを拒否していたが、「パチンコ七福」の客や従業員に迷惑が及ぶことを懸念して、渋々それに応じ、その後も数回被告乙川の要求に応じてその支払いをしてきた。

4  被告乙川は、平成四年春頃、星山から「みかじめ料」の支払いを拒否されるや、数回にわたり右「パチンコ七福」へ電話を架け、応対に出た従業員に対して星山と面談させるよう求めたが、それができなかった。

三  被告乙川の本件不法行為

被告乙川は、平成五年五月七日午前三時五五分頃、普通乗用自動車を運転して、前記「パチンコ七福」に赴き、同店の店舗北側出入口に右乗用自動車を故意に激突させ、更に、右乗用自動車から降りて同店舗内に入り、パチンコ遊技用椅子等をパチンコ遊技機等に投げ付けるなどして、星山が平成三年一〇月二八日より亡筑比地から賃借して原告星友をして「パチンコ七福」の営業をさせている亡筑比地所有にかかる木造亜鉛メッキ鋼板葺の店舗建物の出入口間柱等、及び原告星友所有のパチンコ遊技機等を損壊した。

四  亡筑比地の死亡による原告筑比地の相続

亡筑比地は、平成六年一一月一九日死亡し、平成七年三月二七日、同人の被告らに対する損害賠償請求権を原告筑比地が取得するとの内容の遺産分割協議がなされた。

第四争点

一1  被告甲野の使用者責任(民法七一五条)

2  損害

二  原告らの主張

1  被告甲野の使用者責任

(一) 使用者責任の根拠

民法七一五条が、「自己責任の原則」を修正して、使用者にも損害賠償責任を負わせる根拠は、損害の負担の公平にあり、具体的には、報償責任及び危険責任である。

即ち、他人を使用することは、使用者の活動範囲を拡大して利益を得ることができると同時に、他人に害を与える危険を増大させるものであるから、それに伴って生ずる損害をすべて使用者に負担させることが公平である。また、そうすることにより、被害者にとって、通常は資力に乏しい被用者を相手として損害の賠償を求めるよりも、損害の補填を受けることができる可能性が大きいところから、被害者を保護することになる。

そのことに鑑みれば、使用者が被用者を使用することによって、事業活動の範囲を拡張している関係があり、かつ、使用者と被用者との間に実質的な事実上の指揮監督関係(ないしは服従関係・指揮命令関係)がありさえすれば、雇用関係や委任関係がなくても、同条の定める使用者・被用者関係があるというべきである。

(二) 暴力団組織の概要、特質

暴力団組織は、その組織の頂点に立つ組長と構成員である組員との間に、親が子に対して絶対的な支配権や統制権を有する封建的家父長制度を模した擬制的血縁関係があり、組長の指揮命令は末端の組員までを拘束する。

この拘束は、全人格的拘束であって、組員として組織内にある以上、組員は組長の指揮命令に反する行動をとることは許されない。

暴力団が、右のような擬制的親子関係をとるのは、組長が、組員の生活全般にわたって強い支配を及ぼすことにより、組員が暴力団員として遂行する経済的活動たる「しのぎ活動」を組長の支配下に置き、「しのぎ活動」による収益を上納金等の名目で収奪するためである。

組長は、このような強力な身分的上下関係を利用して、組員による合法的、非合法的経済活動である「しのぎ活動」から得た経済的利益を、直接に組ないし組長の収入としたり、収益の一定額を上納金等という名目で吸い上げたりして収受し、それを組長自身の利益として留めたり、一部を組織の活動資金に充てたりする。そのようなことから、暴力団組織は組長にとって「経済的利益の暴力的収奪組織」である。

なお、組長と組員との関係が、自然血縁関係である親子関係ではなく、あくまでも組長と組員との合意によって成り立っているものであるところから、組長が組員から「しのぎ活動」による収益を一方的に収奪するというだけでは合意が成立せず、組員は、組長との擬制的親子関係を結ぶことによって縄張や暴力団である組の威力の利用(ブランド名の利用)を許され、それにより「しのぎ活動」が容易になるのである。組員は、このように組の威力を利用すべく組に加入し、組長は、このような組員によって組の活動を維持拡大し、組員の活動により利益を得るのである。

ここに、組長(使用者)が組員(被用者)を使用することによって、組長の事業活動の範囲を拡張している関係、即ち、事実上の使用者・被用者関係が存する。

(三) 被告甲野の使用者性

甲野組は、平成四年六月に暴力団員による不当な行為の防止等に関する法律三条に基づき指定された暴力団○○会系の××会A一家系の暴力団組織であって、右のような暴力団の一般的な性質を具備した集団である。

A一家が同法九条四号に規定された縄張(正当な権原がないにもかかわらず自己の権益の対象範囲として設定していると認められる区域)としているのは、栃木県内において、佐野市、足利市、葛生町、田沼町、藤岡町、岩舟町及び足尾町であり、群馬県内において、太田市、大泉町及び桐生市である。A一家は、この縄張、いわゆる「シマ」を数地区に分け、各地区に地区責任者である組長、いわゆる「貸元」を置く。

甲野組は、佐野市、藤岡町及び岩舟町をその縄張とし、組長(貸元)である被告甲野を頂点とし、代行、行動隊長、本部長、事務長、本部事務所責任者等の役付者と一般の組員とを含め、二〇名余を擁する暴力団であって、それらの者が、電話当番からの電話連絡によって、対立抗争等に瞬時に対応できる仕組みとなっている。

また、甲野組は、その縄張にそれぞれ責任者を置き、責任者は、自己の担当する縄張内の地廻りを行いながら他の暴力団組織から縄張を守りつつ、縄張内の飲食店等から用心棒代、いわゆる「みかじめ料」等を徴収する。

徴収した「みかじめ料」等は、甲野組の代行である丙山二郎において預かり、最終的には被告甲野において掌握することになる。

被告乙川は、かって元B一家組員であったが、同一家が解散したことに伴ってA一家に移り、被告甲野が昭和六〇年に佐野市、藤岡町及び岩舟町を縄張とする組長(貸元)となってからは、甲野組に所属し、被告甲野を「親父」と呼ぶ親分と子分の絶対的服従関係に入り、○○会の専任評議員、××会の会員、甲野組の本部事務所責任者の肩書を有する。

被告乙川は、毎日のように近所に住む組長である被告甲野の世話係をしたり、毎金曜日に自宅と棟続きとなっている組事務所の当番をして、同被告から一か月約二〇万円の生活費の支給を受けると共に、甲野組の担当責任区域(縄張)として藤岡町を任せられ、縄張内において、普段から地廻り(縄張内の巡視)をし、甲野組の名称の入った名刺を使用することにより、暴力団の威力を利用して、縄張内の飲食店等に物品や種々の券等を売り付けるなどして利益を上げる、いわゆる「しのぎ活動」を行い、他方、被告甲野は、組長として組員である被告乙川が「しのぎ活動」によって得た利益を、組長代行の丙山二郎を経由するなどして掌握しているから、被告甲野と被告乙川との間には、指揮監督関係、即ち事実上の使用・被用関係が存する。

(四) 被告甲野の活動の事業性

「しのぎ活動」の一つとして徴収する「みかじめ料」は、組織の権益の対象範囲として設定した縄張内で営業しているパチンコ店、飲食店及び法人等から徴収するが、それには、何らかの紛争が発生した場合には甲野組の組員が駆け付けてそれを解決するという用心棒代の趣旨のものと、高価に売り付ける門松、カレンダー、花見券、ディナーショー券等の売買代金の趣旨のものとがあり、暴力団組織の資金源の代表的なものであるところ、その徴収活動は、単に組織の資金源を確保する効果を有するに留まらず、縄張内への他の暴力団組織の進出を防ぐ効果をも有する。

甲野組の組員がそのような「みかじめ料」を要求する際には、甲野組の名称が入った名刺を渡すなどして、自己が暴力団関係者であることを相手方に知らせ、縄張内に新しく開店した店を発見した場合には、他の暴力団組織が入り込まないように、早急に「みかじめ料」の要求を行う。

被告乙川は、組長である被告甲野の世話係をし同被告から生活費の支給を受けると共に、甲野組の縄張である藤岡町の担当責任者として、藤岡町内の飲食店やパチンコ店から「みかじめ料」を徴収しているが、それは、まさに甲野組即ち被告甲野の「しのぎ活動」の一環であり、現実に、被告乙川が原告星友ないし星山から徴収した「みかじめ料」は、甲野組の代行に渡っている。

そして、被告乙川がパチンコ店等から同被告要求にかかる「みかじめ料」の支払いを拒否された場合、これを放置することは、甲野組の資金源を減少させると同時に、縄張内への他の暴力団組織の進出を招く恐れもあるところから、同被告において右要求を拒否した者に対し何らかの制裁を加えることも甲野組の活動の範囲に含まれており、それについては、被告甲野の包括的指揮命令が及んでいる。

被告甲野は、被告乙川が「しのぎ活動」の一つである合法的、非合法的な経済活動により徴収した「みかじめ料」を、前記のような強力な身分関係を利用して、上納金等の名目で掌握し、一部は被告甲野自身の利益に留め、一部は甲野組の活動資金に充てている。

そのように、被告甲野にとって、甲野組は、経済的利益の暴力的収奪組織であり、被告乙川の「しのぎ活動」やその一つである「みかじめ料」徴収行為は、被告甲野が被告乙川に命じて行わせる場合はもとより、被告乙川が個人的に行う場合にも、甲野組の名称を用いるなど甲野組の威力を用いて行うときは、甲野組即ち被告甲野の事業である。

現に、被告乙川は、パチンコ店「パチンコ七福」を営業する原告星友の代表者星山や従業員に甲野組の名称の入った名刺を示して星山ないし原告星友から「みかじめ料」を徴収していたのであり、右徴収行為は、たとえその全部が被告甲野に上納等されるものでなくても、被告甲野の事業の一環としてなされるものである。

(五) 被告乙川の不法行為の被告甲野の事業の執行性

民法七一五条の「事業の執行に付き」というのは、同法四四条の「職務を行うに付き」とほぼ同義であるが、使用者の利益を図るものであることを要しないという点では「執行のため」よりは広く、事業を執行する機会にその事業と無関係のことをなす場合を含まないという点では「執行に際して」よりは狭いものと解され、事業の執行性の判断基準は、取引的不法行為と事実的不法行為とに分け、前者については、取引の相手方が当該行為を被用者の職務の範囲内と信ずる外形があったか否か(最高裁昭和四四年一一月一八日判決・民集二三巻一一号二〇七九頁)で判断すべきであり、後者については、使用者の事業の執行行為を契機としてこれと密接な関連を有する行為か否か、ないしは、客観的に使用者の支配領域内の行為か否かで判断すべきであるとされる。

本件は、後者の場合に該当するところ、被告乙川は、被告甲野の事業である「みかじめ料」の徴収のため、何度も星山と連絡をとろうとしたが、「パチンコ七福」の従業員から「社長(星山)は居ません。」、「連絡がつきません。」と言われ、「みかじめ料」の支払いを拒否されたことに立腹して、前記建物等損壊の不法行為に及んだものであり、その原因・動機は、被告甲野の事業の執行のため再三「パチンコ七福」へ電話したり、星山と面談したことに起因しているものであって、被告乙川が本件不法行為に及んだのは、星山が「みかじめ料」の支払いを拒絶したことに対する制裁であって、個人的なトラブルに起因するものではない。

仮に、被告甲野主張のとおり、被告乙川の本件不法行為が同被告が星山から「田舎やくざ」呼ばわりされたことに対する個人的恨みからなされたものであっても、同被告としては、自己が「田舎やくざ」呼ばわりされることは、同被告の甲野組組員としての体面を傷つけ、ひいては甲野組の体面を傷つけ、甲野組の勢力範囲である「シマ」の崩壊に繋がると感じ、それを予防するために本件不法行為に及んだものである。また、「みかじめ料」の徴収行為は、暴力団の威力の利用(ブランド名の使用)により成立し得る行為であり、要求を受ける者が要求をする者である暴力団組員やその背後の組に対して畏怖の念を有しているためにその要求に応じることを余儀なくされるものであるから、不法行為者の内心の問題である動機が個人的恨みであるにしても、「みかじめ料」を拒絶する行為を放置せず、これに制裁を加えることは、被告甲野の事業である「みかじめ料」徴収に密接な関連を有する行為である。

(六) まとめ

以上のとおり、被告乙川は、甲野組即ち被告甲野の事業のために被告甲野に使用されている被用者であるところ、被告乙川の本件不法行為は、甲野組即ち被告甲野の事業を行うにつき、その執行行為を契機として、それに密接に関連して敢行されたものであるから、被告甲野は、被告乙川の本件不法行為につき民法七一五条に基づく使用者責任を負うべきである。

2  損害

(一) 原告星友の主張にかかる同原告の損害

(1)  パチンコ台の修理代金等  合計二三八万二一二二円

(内訳)

島の修理工事費               三〇万円

カウンターガラス修理費            五万円

パチンコ台ガラス修理費           三九万円

パチンコ機械A(中古)一二台(時価相当額) 三〇万円

パチンコ機械B(中古)一二台(時価相当額) 三〇万円

パチスロ修理費 一二万二一二二円

回転型ステンレス置き看板(時価相当額)   六二万円

ステンレス島飾り一台(時価相当額)     三〇万円

(2)  営業損害(休業損害)  二八三万二七七二円

原告星友は、被告乙川の本件不法行為により、平成五年五月七日から同月一八日までの間、パチンコ台の修理等のため「パチンコ七福」の営業をすることができず、その間、営業利益金二八三万二七七二円(平成四年五月七日から同月一八日までの売上金一二三一万六四〇〇円に平均粗利益率約二三パーセントを乗じた額と同程度の利益)を得られなかった。

(3)  交通費  八万五二〇〇円

原告星友の代表者である星山は、本件被害の処理のため、自宅と「パチンコ七福」等を往復し、その交通費として八万五二〇〇円を要した。

(4)  従業員への残業手当て  五万円

原告星友は、本件被害の処理のため、従業員らに残業をさせ、その手当てとして合計五万円を支払った。

(5)  弁護士費用  五〇万円

(二) 原告筑比地の主張にかかる亡筑比地の損害

(1)  建物の修理代金(消費税を含む)  合計二八一万八八四二円

(内訳)

アルミ建具工事費         一一二万二〇〇〇円

ガラス工事費           一一一万三七四〇円

シャッター工事費          五〇万一〇〇〇円

消費税                八万二一〇二円

(2)  弁護士費用  五〇万円

三  使用者責任についての被告らの主張

1  民法七一五条の使用者責任は、近代的雇用関係を基礎とするものであるのに対し、組長である被告甲野と組員である被告乙川との関係は、前近代的な擬制的親子関係を基礎とし、親である組長の子である組員に対する一方的な支配関係であって、同条の予定する使用者と被用者との関係ではない。

2  甲野組のしきたりにおいては、個人のことは個人の責任、組のことは組長の責任とし、厳格に区別される。

被告乙川は、「みかじめ料」を、自己の小遣いとして徴収していたものであり、それが甲野組の収入となることはなかった。

従って、「みかじめ料」の請求ないし要求には、被告甲野ないし甲野組の事業の性質を有しない。

3  被告乙川の本件不法行為は、星山が同被告からの「みかじめ料」の要求に応じなかったからではなく、星山から△△会C一家の名前を出されたうえ、再三にわたり、「田舎やくざ」と言って馬鹿にする態度をとられ、また、△△会C一家との付き合いがあるので同被告と付き合いたくないと言われ、同被告の体面が傷つけられたことに憤慨したのが原因であり、甲野組とは関係のない同被告の個人的な行為であって、甲野組の事業の執行についてなされたものではない。

因みに、事実行為が事業の執行性を有するか否かについては、〈1〉使用者たる地位と不法行為との間に相当因果関係、通常の予見可能性があるか否か、〈2〉事業体内での使用者の職務と加害行為との関係、〈3〉加害に用いられた危険な道具が使用者の所有であるか使用者が提供したものであるか否か、〈4〉加害行為の場所が使用者の支配領域内か否かなどの具体的な要因を総合して判断すべきであって、本件についてこれを見ると、被告乙川がいかに自己の体面を傷つけられたとはいえ、乗用自動車を突入させて建造物を損壊したり、自動車から降りて手当たり次第に店内の器物を損壊することは、到底被告甲野において予想し得なかった行為である。そのような予見できない事態について、使用者が責任を負うことになるのは、責任論の本質に反し、公平の見地から見ても被告甲野にとって一方的に不利益であって不公平かつ酷である。

断られたら暴力に訴えることが暴力団の職務であるとするならば、それは予断と偏見に基づくものであって、最近の暴力団の実態と懸け離れた見方である。少なくとも、甲野組においては、暴力団追放に向けての世論を受けて暴力を厳しく禁止しており、「断られたら黙って帰って来い。」というのを掟とし、現に殆ど暴力事件は起こしていない。

4  仮に、被告甲野につき民法七一五条の使用者責任の要件があるとしても、同被告は、次のとおり、被告乙川の選任及び同被告の行為につき相当の注意をなしていたから、被告甲野には使用者責任がない。

即ち、被告乙川は、過去に暴力関係の前科を有し、一時期組織を離れていたこともあるが、子をもうけて以来穏やかな人柄に変わり、真面目に甲野組の手伝いをし他人に迷惑をかけないことを誓ったところから、再び甲野組への出入りを許されるようになった。

そして、被告甲野及び組長代行(丙山二郎)は、最近の暴力団に対する社会の厳しい目や暴力対策関係の法律規制があるので、警察の指導にも忠実に従って、常日頃、被告乙川やその他の組員に対し、「みかじめ料」の徴収について、「決して無理するな。断られたら素直に帰って来い。」と言って、暴力を振るうことや、無理強いをすることのないよう口が酸っぱくなるほどに注意を与えていた。

第五争点についての当裁判所の判断

一  民法七一五条について

民法七一五条は、一定の社会活動をしようとする者が、他人を自己の指揮監督下において使用した場合に、その被用者のなした不法行為についても自らも責任を負担すべきものとした規定である。

従って、その適用に当たっては、他人との間の指揮監督関係の存在が必須要件であるから、これが認められる限り、その関係の生じた原因が、情誼ないし個人的な理由であっても何ら差し支えなく、また、使用者の社会活動の合法、非合法を問わないものと解すべきである。

更に、他人を使って自らの社会活動を遂行しようとする以上、その活動から一般に予想される範囲の被用者の不法行為については、使用者はその責任を負うべきである。

以上を前提に、本件が民法七一五条に該当するかを検討する。

二  被告甲野の使用者責任

1  甲野組の組織

甲第一七号証、乙第三号証、証人藤田丈夫の証言、証人寺内洋の証言及び被告乙川春夫の本人尋問の結果によれば、甲野組は、平成四年六月二三日に暴力団員による不当な行為の防止等に関する法律三条に基づき指定された暴力団○○会系に属する××会A一家系の下部組織であって、被告甲野を組長(貸元、親分)とし、その下に組長代行(代貸)、その下にその他の役員、末端に組員(若衆)という合計二〇名以上の構成員を擁し、組長の命令を絶対的なものとする上命下服の関係を組織の根幹としていること、甲野組は、栃木県内において、佐野市、下都賀郡藤岡町及び岩舟町を同法九条四号に規定された縄張とし、その構成員をして縄張内から経済的利益を得るための合法、非合法を問わない種々の活動(しのぎ活動)をさせていること、また、縄張を区域に分けそれぞれ責任者を置き、責任者は、自己の担当する縄張内の監視(地廻り)を行って他の暴力団組織が自己の縄張内において活動しないようにして縄張を守っていること、以上の事実が認められる。

右事実によると、甲野組は、全権を掌握し絶対的、専制的統率をする組長である被告甲野によって支配され、同被告の統率力と庇護に依存する構成員(組員)によって組織され、同被告において、その命令を効果的に伝達し、命令内容を確実に実現するための組織であって、社団性の認められない組織である。

2  被告甲野の使用者性及び被告乙川の被用者性

甲第三ないし第六号証、第一六号証、乙第二ないし第五号証、第九号証、証人藤田丈夫の証言、証人寺内洋の証言、原告代表者星山寅雄の尋問の結果及び被告乙川春夫の本人尋問の結果によれば、被告乙川は、被告甲野が組長をし前記のような組織を有する甲野組の構成員(組員)の一人として、組長である被告甲野の世話係をしたり、定期的に自宅と棟続きとなっている組事務所の当番をして、同被告から一か月約二〇万円程の小遣い(生活費)の支給を受けると共に、同被告から割り当てられ命じられた担当責任区域(縄張)として藤岡町を任せられ、その縄張内において絶えず地廻り(縄張内の巡視)をしつつ、被告甲野から許された「○○連合会A一家甲野組本部事務所責任者乙川春夫」との名称、A一家総本部と甲野組本部事務所の住所と電話番号及び○○会の紋章(代紋)が各印刷された名刺を使用して甲野組の構成員であることを名乗る方法により、甲野組の威力を背景に縄張内のパチンコ店や飲食店等にカレンダー、生花、門松等の物品を高価で売り付けたり、新聞広告料名目あるいは用心棒代(みかじめ料)名目の金銭を徴収するなどして利益を上げるいわゆる「しのぎ活動」を行い、それによって得た利益の一部を、組長代行の丙山二郎を経由するなどして被告甲野に納め、被告甲野はそれを甲野組の運営資金に充てていたことが認められる。

右事実に前記1の認定事実を併せると、甲野組の活動は、実質において被告甲野の活動と見るべきであって、被告甲野と被告乙山との間には、被告甲野による指揮監督関係、即ち、被告甲野を使用者、被告乙川を被用者とする事実上の使用・被用関係が存するものと認められる(甲野組の活動中に右のとおり非合法のものがあったり、被告甲野と同乙川の指揮監督関係が前近代的なものであったとしても、民法七一五条の適用に支障がないことは前記説示のとおりである。)。

なお、証人寺内洋の証言のうちには、甲野組において「みかじめ料」の徴収はしていないとの部分もあるが、他方同証言中には、縄張内の何十軒かのパチンコ店や飲食店からお茶を飲みに行った際に小遣い銭を受け取っているとの供述もあり、右金銭を支払う側にそれを支払う合理的な動機ないし根拠が見当たらないところからすると、右小遣い銭こそ「みかじめ料」と見られるのであって、従って、同証言は甲野組における「みかじめ料」の徴収を否定する趣旨のものとは解されない。

3  被告甲野の活動の事業性

甲第三ないし第六号証、第七号証の一ないし四、第一六号証、乙第三ないし第五号証、第九号証及び証人藤田丈夫の証言によれば、甲野組は、組員による前記認定のような合法、非合法を問わない種々の営利活動(しのぎ活動)からの収益の一部を組長代行丙山二郎を通じて甲野組ないしその組長である被告甲野へ納めさせたり、必要な都度、構成員の組における地位や資力に応じた金銭を割当徴収し、それらにより組の運営及び維持をしていること、構成員(組員)は、社会通念として日頃から暴力団の恐ろしさを感じている相手方が甲野組の威力や甲野組からの報復措置を恐れて構成員(組員)が敢えて直接的な威嚇的言動を示さなくても要求に応じざるを得ない状況のもとにあることに乗じて、前記のとおり組長である被告甲野から許されて甲野組の肩書を有する名刺を示しあるいは甲野組の者であることを告げることにより、売買代金ないし用心棒代(みかじめ料)の名目で金銭等の経済的利益を得ることができ、他方、甲野組ないしその組長である被告甲野は、前記のとおり右利益の一部を自己のものとすることができること、以上の事実が認められる。

右事実によると、被告甲野を組長とする甲野組が被告乙川を含む構成員(組員)を使用して、縄張内においてする前記営利活動(しのぎ活動)は、前記のとおり甲野組と実質を同じくする被告甲野の事業であるものと認められる。

なお、証人寺内洋の証言及び被告乙川春夫の本人尋問の結果中、甲野組においては構成員からの収益の一部が甲野組ないし被告甲野の収益となることはないとの趣旨の部分は、乙第五号証(被告乙川の司法警察官に対する供述調書)中の、被告乙川が藤岡町内で得た「みかじめ料」が一旦甲野組の組長代行丙山に預けられるとの趣旨の部分、及びこれを裏付ける証人藤田丈夫の証言内容に照らしそのまま信用することはできない。

4  被告乙川の本件不法行為の事業執行性

前記認定事実によれば、甲野組ないし被告甲野が、被告乙川をして、藤岡町内において、カレンダー等の高価販売や用心棒代(みかじめ料)の徴収等のいわゆる「しのぎ活動」をさせることは、甲野組の、実質的には被告甲野の事業であり、また、甲第三、第四号証、乙第四、第五号証、第一〇号証及び原告代表者星山寅雄の尋問の結果によれば、被告乙川は、星山が被告乙川による用心棒代(みかじめ料)等の要求に応じなかったことに対する報復ないし威嚇として、本件不法行為に及んだものと認められる。

そうすると、被告乙川の本件不法行為は、被告甲野の営利活動の一環であるいわゆる「しのぎ活動」を効果的にするためにその手段としてなされたものであって、しかも右「しのぎ活動」をするについてなされることが一般に予想されるものであるから、従って、被告甲野の事業を執行するについてなされたものと認められる。

乙第一号証及び被告乙川春夫の本人尋問の結果中、本件不法行為は、被告乙川が星山から対立組織である△△会の名を引き合いにして馬鹿にされたことに対する専ら個人的憤懣から出た報復であるとする部分は、△△会の名を出したのは被告乙川からであって、星山は単にそれに相槌を打ったに過ぎないとする原告代表者星山寅雄の尋問の結果に照らし信用できない。しかも、仮に本件不法行為の動機ないし目的の一部に被告乙川の言う個人的憤懣が存したとしても、これと前記「みかじめ料」不払いに対する威嚇ないし報復の目的とは相容れないものではないから、本件不法行為に事業執行性を認めることに支障はない。

5  被告甲野の被告乙川の選任及び事業の監督についての相当の注意

証人寺内洋の証言及び被告乙川春夫の本人尋問の結果のうちには、被告甲野や代行の丙山において、日頃、被告乙川やその他の組員に対し、暴力を振るうな、要求を断られたらそのまま帰って来い、無理をするななどと口が酸っぱくなるほど注意を与えていたとの趣旨の部分もあるが、仮にそのような言動がなされていたとするならば、被告乙川は、絶対服従すべき被告甲野の命令に反して本件不法行為を敢行したことになるのであるから、厳しい制裁を受けて当然と思われるのにもかかわらず、被告乙川春夫の本人尋問の結果によると、被告甲野ないし甲野組において被告乙川に対し叱責の言葉以上の制裁措置をなした形跡は窺われない。また、証人藤田丈夫の証言によれば、被告甲野らの右のような言動は、被告乙川ら組員の「みかじめ料」等の徴収活動を暗に督励しつつ、しかし組長等甲野組の上層部に責任が及ばないように活動することを強調する言動である可能性が窺われる。そうすると、証人寺内洋らの右供述のみをもって、被告甲野が被告乙川を組員とし、藤岡町の責任者として「みかじめ料」徴収等の「しのぎ活動」をさせたこと、即ち、被告乙川の選任及び被告乙川の事業の監督について、相当の注意をしたものと認める証拠とすることはできず、その他に右主張を認めるに十分な証拠はない。

6  被告甲野の使用者責任についての結論

右に見てきたところによれば、被告乙川の本件不法行為は、甲野組を組織する被告甲野の営利活動であるしのぎ活動をするについて、星山が甲野組のしのぎ活動を拒否したことに対する制裁のため、ひいては甲野組の威力を直接的には星山に、間接的には甲野組の勢力内のパチンコ店や飲食店に誇示して、しのぎ活動を効果的にするためになしたものであって、被用者である被告乙川が、使用者である被告甲野の事業の一環であるしのぎ活動を執行するについてなしたものと言うべきであるから、被告甲野は、被告乙山がなした本件行為によって原告らが被った損害を賠償すべき義務がある。

三  損害について

甲第二、第三号証、第九、第一〇号証、第一二号証、第一五号証及び原告代表者星山寅雄の尋問の結果によれば、原告星友及び亡筑比地は、被告乙川の本件不法行為により、次のとおりの損害を被ったことが認められる。

なお、原告星友主張の交通費に関する原告代表者星山寅雄の尋問の結果は、日常の業務のための分と本件不法行為についての対応のための分との区別及び右対応のために交通費を出捐した日時や金額についての具体性を欠き、それのみでは原告星友主張の交通費についての確証を得られず、その他に右主張を認めるに十分な証拠はない。

また、原告星友主張の従業員に残業手当てを支払ったことに関する原告代表者星山寅雄の尋問の結果は、本件不法行為についての対応のため従業員を残業させた内容及び残業手当ての支給内容についての具体性を欠き、それのみでは原告星友主張の残業手当て支給についての確証を得られず、その他に右主張を認めるに十分な証拠はない。

また、原告星友主張にかかるパチンコ機械合計二四台に関する損害及びパチスロ修理費については、新たに購入した費用等に関する甲第一一号証の一、二によって右損害自体を証するものとはいえず、その他に右主張を認めるべき証拠はない。

1  原告星友の被った損害  合計四六三万四九七二円

(一) 修理費用  一三八万二二〇〇円

内訳

〈1〉 島の修理(島起こし)費用     三〇万円

〈2〉 カウンターガラス修理費用      五万円

〈3〉 パチンコ台ガラス修理費用     三九万円

〈4〉 回転型ステンレス置き看板修理費用 六二万円

〈5〉 右のうち〈1〉ないし〈3〉についての消費税 二万二二〇〇円

(二) 営業損害(休業損害)  二八三万二七七二円

原告星友は、被告乙川の本件不法行為により、平成五年五月七日から同月一八日までの間、パチンコ台等の修理のため「パチンコ七福」の営業をすることができず、その間、平成四年の右期間に対応する期間に得た売上金一二三一万六四〇〇円に平均粗利益率二三パーセントを乗じた二八三万二七七二円に相当する利益を得ることができなかった。

(三) 弁護士費用  四二万円

本件不法行為は、前記のとおり暴力団によるものであり、しかも被告甲野においてその責任を強く争うことが予想されたものであるところから、原告星友において弁護士に委任して本件訴訟を提起することを余儀なくされたものであり、そのような本件訴訟の経緯に加え、本件事案の内容及び認容額等を考慮すると、弁護士費用として金四二万円を被告らから同原告に賠償させるのが相当である。

2  亡筑比地の被った損害  合計三〇九万八八四二円

(一) 建物修理費用  二八一万八八四二円

内訳

〈1〉 アルミ建具工事 一一二万二〇〇〇円

〈2〉 ガラス工事   一一一万三七四〇円

〈3〉 シャッター工事  五〇万一〇〇〇円

〈4〉 消費税       八万二一〇二円

(二) 弁護士費用      二八万円

前記原告星友の弁護士費用について記載したのと同様の本件訴訟の経緯、本件事案の内容及び認容額等を考慮すると、弁護士費用として金二八万円を被告らから原告筑比地に賠償させるのが相当である。

(裁判長裁判官 須藤繁 裁判官 草深重明 裁判官 木本洋子)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例